大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 昭和31年(ワ)188号 判決

原告 中村寅之助

被告 敦賀市 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、

「(一)被告等は原告に対し連帯して金二千四百八十万円及びこれに対する昭和三十一年十月二十一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)被告敦賀市は、福井新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、及び中部日本新聞に、各三日間引き続き五号活字を以て左の謝罪広告を掲載せよ。

謝罪広告

昭和二十七年八月十四日敦賀市警察署が事実を曲げて不法に貴下を逮捕し貴下の名誉を著しく毀損し貴下及貴下の家族に多大の迷惑を及ぼしたことを深く謝罪する。

昭和年月日

敦賀市長 畑守三四治

大阪市天王寺区椎寺町六十七番地

中村寅之助殿

以上

(三)訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

第一、敦賀市警察署係員の不法行為につき

(一)  原告は昭和二十五年九月五日当時の運輸大臣の船舶譲渡許可を受けもと満洲海運株式会社に属していた船舶、和興号(沈没船二一〇一屯)の所有権を取得した。

(二)  ところが訴外汐谷長蔵(以下汐谷と略称する)は、

(1)  右船舶の所有権が自己に帰属していないことを知り乍ら、あたかも自己が所有権である如く潜称し、同年同月原告に無断で右船舶を敦賀海中で爆破せしめ且つその鉄材約七八〇屯銅真鋳等約二五屯(時価合計約二一八五万円)を引き揚げ領得したので原告は当時しばしば汐谷に対し右引揚物件の返還を請求したが同人はこれに応じなかつた。

(2)  その後原告は昭和二十七年五月右和興号残骸につき訴外中野勇(以下中野と略称する)から強制競売の申立をうけ昭和二七年五月一三日その競売開始決定が行われると共に右残骸は執行吏の占有に帰属せられるに至つたので、原告は昭和二八年九月二四日中野及び和興号残骸買受希望者である訴外文村龍雄(以下文村と略称する)の三者間で協議の上右残骸の差押解除を条件として原告はこれを代金四五万円で文村に売渡すことに和解し、文村から支払われた代金の内金二〇万円を原告から中野に交付し同時に同人は、右競売申立を取り下げ、文村は原告から右残骸の引渡をうけ同じ頃文村はその解撤作業に従事するに至つたが、汐谷は、右差押の継属中であつた一〇月頃敢えて右差押を無視して残骸の一部八〇〇屯(時価金二、一八五万円相当)の引揚げを行つた。

(三)  ところで、右(二)の(1) 、(2) の汐谷の行為は明らかに刑法第二三五条、或は九六条に該当する犯罪行為であり又昭和二〇年運輸省令第四〇号第二条、昭和二五年運輸省告示第一三二号第一条に違反する行為である。しかるに、

(1)  敦賀市警察署(以下市警と云う)は、当時右諸行為の存在を熟知していながら、汐谷が従前敦賀市で手広く屑物商を営み、職業柄市警との接触も多く、又その財力に物を云わせて市警係員に饗応し懐柔につとめ、市警内部に相当強力な勢力を有していたところから、汐谷の利益を擁護する為、同人に対する捜査を回避し、直に捜査に着手せず法律上の作為義務をつくさなかつた。

(2)  更に、市警はあくまで汐谷と原告との間の和興号売買契約の無効を主張する原告の口を封じる為、前記(二)の(1) の如き原告の汐谷に対する和興号引揚物件返還請求は、原告の正当な権利行使でありその間、汐谷に対し脅迫的な態度に及んだ事実もないにかゝわらず故意に右行為を目して恐喝未遂として昭和二七年七月二日原告を被疑者として取り調べ、右事件を同年八月九日福井地方検察庁敦賀支部に送致し、

(3)  また前記(二)の(2) の如く原告が文村より二〇万円を受け取つたのは、原告、文村間の和興号残骸の売買代金の一部としてであり、又文村が右残骸の一部を引き揚げたのは、同人の所有権に基くものであつて何等不適法なものではないにもかゝわらず、市警はこれらを目して詐欺、窃盗として原告を昭和二七年八月一四日逮捕し(同年九月三日釈放された)且つ原告方を家宅捜索した。

(四)  そして、右(三)の(1) (2) (3) の諸行為は、いずれも敦賀市警係員の故意に基く不法行為であり、仮りに、係員に故意が認められないとしても、少くとも同人の過失に基く不法行為に当ることは明白である。

しかして当時敦賀市警は、敦賀市に設けられていた自治体警察であつたから被告敦賀市は、右市警係員の不法行為に基く原告のこうむつた後記金額の損害を国家賠償法第一条に基いて賠償する義務がある。

第二、被告畑守三四冶の不法行為につき

(一)  被告畑守は、昭和二七年当時汐谷の顧問弁護士をしており又敦賀市警にも相当勢力を有していた者であるが

(1)  同年五月三〇日頃、原告に何ら犯罪を構成する行為がないのに、汐谷に対する前記和興号引揚物件返還請求を目して恐喝未遂を構成するものと架構し汐谷の代理人として原告を敦賀市警に告訴し、

(2)  又原告が文村から金二〇万円を受け取つたこと、及び文村が和興号残骸の一部を引き揚げたことを目して、詐欺、窃盗であるとして同じく汐谷の代理人として原告を敦賀市警に告訴し、

(3)  よつて被告畑守は、市警係員と共謀し、右告訴に基き、原告を恐喝未遂容疑を以て取り調べさせ、又詐欺、窃盗で昭和二七年八月一四日逮捕し(同年九月三日釈放された)且つ原告方を家宅捜索せしめたが、右畑守の諸行為はいずれも被告畑守の故意に基く不法行為に当ること明白である。

(二)  そして被告畑守の右行為は同人が敦賀市警係員と共謀してなした共同不法行為であるから、両被告は、民法第七一九条により連帯して原告に対して後記金額の損害賠償をなす義務がある。

第三、原告の蒙つた損害につき

(一)  原告は本件迄一度も刑事事件で警察で取り調べをうけたり、処罰をうけたことはなく、先祖の代から八十年間に亘り敦賀市で米長という屋号で味噌醤油醸造業を営む傍ら進駐軍専用のサーヴイスステーシヨンを経営し、又中寅貿易商社名義で諸外国に福井県の特産物を輸出していた。他方、福井県立敦賀商業学校PTA会長、同県立敦賀高等学校同窓会幹事長、敦賀商工会議所貿易副部長を歴任し、公私に於ける信望は厚いものがあつた。

(二)  ところで前記恐喝未遂、詐欺、窃盗はいずれも嫌疑なしを理由として不起訴処分にはなつたが、当時原告の取調、逮捕捜索の事実は新聞ラジオで喧伝された結果、原告は世間一般からあたかも右の犯罪を犯したかの如き疑念を抱かれ、不起訴となつてからも社会の白眼視は容易に消えなかつたので、原告は遂に敦賀市に居住することに耐えられなくなり廃業の上昭和二九年三月頃家族と共に大阪に居を転ぜざるを得なくなつた。

(三)  右の如く被告畑守及び敦賀市警係員の不法行為によつて原告の名誉は著しく害せられたからこれを回復する為被告敦賀市に対し前記各新聞への謝罪広告の掲載を求めると共に次のとおり被告等の共同不法行為によつて原告が蒙つた物質的、精神的損害合計金二、四八〇万円の連帯賠償を求める。すなわち

(1)  名誉毀損によつて原告に与えた精神的苦痛の慰藉料として金百万円

(2)  原告が前記第一の(二)の(1) の如く汐谷に対して有した同人の和興号引揚物件に関する損害金としてその時価相当の二、一八五万円の請求権が市警及被告畑守の前記不法行為により圧迫せられ遂に汐谷に対し請求する機を失してしまつた間に遂に同人は無資力となつてしまつたことにより蒙つた損害金二、一八五万円中の二、一〇〇万円、

(3)  原告が過去八〇年間も続いた父祖伝来の敦賀市での味噌醤油醸造販売業の廃業により蒙つた、廃業当時のいわゆる「のれん代」に相当する金一〇〇万円、

(4)  原告の信用失墜のため原告が印度ボンベイにあるナギンダスキラバイ商会と当時進めていた商談(シヤトル約一万挺を一挺五百円で売渡す旨の商談)及び予定されていた印度のサンガウイ商会からの商談及び昭和二八年八月頃原告がサイゴンのインドシナ企業商事会社より日本製品大量買付の引合をしていた取引がいずれも不成立に終つたことにより得べかりし利益を失つた損害金一八〇万円、

以上合計金二、四八〇万円

(四)  よつて原告は、被告敦賀市に対し謝罪広告の掲載を、又被告両名に対し右損害額合計二、四八〇万円及これに対する訴状送達の翌日である昭和三一年一〇月二一日から完済迄民法所定の年五分の割合による損害金の連帯支払を求める。

とのべ

被告等の抗弁の中、原告が昭和二七年九月三日釈放されたことのみみとめその余の事実を否認し、原告が不法行為を知つたのは文村が押収物件還付通知をうけた昭和二九年六月一九日より数日後のことであるから原告の損害賠償請求権は本訴提起当時も消滅していない

とのべ、立証として甲第一号証乃至第五号証、第六号証の一、二、第七号証乃至第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証乃至第一八号証、第一九号証及び第二〇号証の各一、二、第二一号証、第二二号証を各提出し、証人阿部誠、山塙優の各証言及び原告本人尋問の結果を各援用し、乙号各証の成立を認め、同第一号証、第三号証乃至第七号証、第十号証の一、二を利益に援用した。

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、その主張の日時、その主張の競売開始決定があつたこと、被告畑守が、原告主張の告訴を為し、被告敦賀市(市警)が、その主張の理由でその主張の期間原告を逮捕留置し、且つその主張の家宅捜査を実施し、その主張の日時、原告を検察庁に送致したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。殊に被告等には原告主張の故意又は過失はなかつたものである、と述べ、

(一)  仮りに被告等に不法行為に因る損害賠償義務があつて、原告がその主張の損害賠償請求権を有したとしても原告は身柄を釈放された昭和二十七年九月三日当時既に加害者及び損害を知つていたものであり、

(二)  仮りに然らずとするも原告はおそくとも昭和二十八年八月二十八日福井地方検察庁敦賀支部に於て不起訴の裁定がなされ、その処分結果は昭和二八年八月三〇日付郵便で原告に通知され翌三一日には原告に到達したから、これによつて同日原告は損害及加害者を知つたものである。

従つて訴提起時(昭和三一年一〇月一日)には右損害賠償請求権は民法第七二四条の規定するところに従い、三年の短期時効により消滅した。それ故に被告等には賠償義務がない。

と抗争し、立証として乙第一号証乃至第七号証、第八号証乃至第一〇号証の各一、二、第一一号証、第一二号証及び第一三号証の各一乃至七、第一四号証乃至第一九号証の各一、二を提出し、証人菊谷章三、山塙優の各証言を援用し、甲第一号証、第四号証、第七号証乃至第一〇号証、第一二号証、第一三号証、第一五号証、第一六号証、第一八号証、第一九号証の二、第二〇号証の一、第二一号証の各成立を認め、甲第二号証、第一九号証の一、第二〇号証の二は各官署作成の部分のみ成立を認め、その余の部分の成立は、その余の各甲号証の成立と共に不知と述べた。

理由

原告主張の事実中被告畑守が汐谷の代理人としてその主張の告訴を為し、被告敦賀市(市警)がその主張の理由で、その主張の期間原告を逮捕の上留置し且つ家宅捜査を為し、その主張の日時原告を検察庁に送致したことは当事者間に争がない。

そして原告本人尋問の結果を成立に争のない甲第一号証、第四号証、第七号証、第一〇号証、第一二号証、第一三号証、第一五号証、第一六号証と比照して考えると、原告主張の第一の(一)、(二)の(1) 、(2) 、同(三)の(2) 、(3) 、第二の(一)の(1) 、(2) 、(3) 、第三の(一)、(二)の各事実を認めることができる。

そこで原告主張のその余の事実が認められるかどうか及びその事実と右認定の事実と相まつて原告主張のように被告等に不法行為上の責任が認められるかどうか、右不法行為によつて原告がその主張の損害を蒙つたかどうかについての判断はしばらくおき、仮に右の各事実が認められ被告等に不法行為上の、被告敦賀市は別に国家賠償法上の責任があるとしても、証人菊谷章三の証言並に成立について争のない甲第七号証、乙第一〇号証の一、二を綜合すると、昭和二八年九月一日当時すでに前記すべての被疑事実が嫌疑なしとの理由で不起訴処分に付され、自ら福井地方検察庁に出頭し、押収品の還付を受けていること、及び押収物の還付は被疑事実のすべてにつき犯罪の嫌疑なしとせられた場合に為され、通常被疑者に対してその処分の結果を還付時又はそれ以前の時に通知していることが判かる。

ところで、民法第七二四条に云う「損害を知る」とは、必らずしもその全範囲又は全損害額を知ることを要するのではなく、不法行為に基く損害の一部の発生を知つた以上は、社会通念上これと一体をなす損害すべてを知つたものとしてその全損害について同条所定の短期時効は進行するものと解すべきであるが特に反証のない本件においては、前記認定の事実から原告は右昭和二八年九月一日自己の潔白を確信すると同時に、敦賀市警係員及び被告畑守の不法行為を知るに及んだものと認められ、且つ原告が昭和二七年頃敦賀市に於て味噌醤油譲造販売業を営み、中寅貿易商社の名で諸外国との貿易に従事しており、今まで一度も刑事上の取調、又は訴追をうけたことがないこと、等の事実は、原告本人尋問の結果から容易に認められるところであるから、右の如き社会的地位にあつたことに鑑み、原告は右昭和二八年九月一日当時既に敦賀市警係員及被告畑守の行為により自己の名誉が毀損されたことを知つており又、逮捕捜索をうけたことが新聞やラジオで喧伝された以上、早晩原告の取引界に於ける信用は失堕し、取引の渋滞を生じ原告主張の如き各損害を蒙むるに至るであろうことを当時容易に予想していたものと考える。従つて前記日時に原告は自己の損害も亦知るに至つたものと云うことができ、原告本人尋問の結果中、右各認定に反する部分は容易に措信し難く、外にこれをくつがえすに足りる証拠は何もない。

してみると、結局、原告はおそくとも右昭和二八年九月一日、民法第七二四条に云う損害及加害者を知つていたものと認められるから、同年九月二日よりその消滅時効が進行し本訴提起日たる昭和三一年一〇月一日当時には、原告の被告等に対する本件損害賠償請求権はすべて消滅したものである。

よつてその余の点を判断するまでもなく、右の点で原告の請求は失当であるから、全部これを棄却することゝし、訴訟費用につき民訴第八九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 神谷敏夫 市原忠厚 川村フク子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例